【人生最高レストラン】スパゲッティバジリコ 風吹ジュン『キャンティ 飯倉片町本店』六本木の名店の伝説パスタのお店

この記事の要約・ブックマーク画像

放送の【人生最高レストラン】風吹ジュンさんが紹介した、スパゲッティバジリコのお店は『キャンティ 飯倉片町本店』です。

スパゲッティバジリコ 六本木一丁目駅「キャンティ 飯倉片町本店」

キャンティは1960年4月、六本木のはずれにあたる飯倉片町で川添浩史・梶子夫妻が開いたイタリア料理店。

白い小さなビルの地下、わずか20坪ほどから始まり、店名はイタリア産ワインの「キャンティ」にちなみました。建物の設計を手がけたのは建築家の村田豊で、古い酒樽からテーブルやカウンターを作り、照明のシェードや店のロゴには梶子の美意識が息づいていました。2026年で創業66年を迎える、東京のイタリア料理史を語るうえで欠かせない老舗です。

ただ食事をするだけではなく、人と文化が交わる場所として育ったのもキャンティらしさ。川添夫妻は、ヨーロッパにあった芸術家や知識人が集うサロンのような空間を東京にも作ろうとし、中央の大きなテーブルには作家、音楽家、芸術家など個性豊かな人々が集いました。創業者・川添浩史が大切にした「子供の心をもつ大人たちと、大人の心をもつ子供たち」のための店という考えは、現在の店にも受け継がれています。

料理にも、まだ日本で本格的なヨーロッパの食材を手に入れることが難しかった時代ならではの工夫があります。初代厨房を任された佐藤益夫は、イタリアやフランスなどの大使館で調理を経験した料理人。川添夫妻と何度も意見を交わしながら、本場の記憶を頼りに日本人にも親しみやすい味へ整え、数年をかけてキャンティ独自の料理を形にしていきました。フレッシュなバジリコがほとんど流通していなかった頃には、川添浩史が自宅の庭で育てて店へ持ち込んでいたというエピソードも残っています。

看板メニューはスパゲッティ バジリコ。
名前からジェノベーゼを思い浮かべますが、キャンティの一皿は大葉とパセリを主体に仕上げる独自のスタイルです。
原型を作ったのは、かつてイタリアで暮らしていた川添梶子。自宅にはいつ人が訪ねて来ても料理でもてなす習慣があり、身近な大葉とパセリでさっと作れる家庭料理のひとつから生まれたと伝えられています。

創業当時、フレッシュなバジルは簡単には手に入らなかったため、大葉を使いながら完成度を高めていったことが、結果としてほかにはない味につながりました。現在も初めて訪れる人にすすめる料理として挙げられ、ランチ、ディナーのコース、アル・カフェの昼のセットにも登場する存在。青々とした葉の風味を生かしたシンプルな構成だからこそ、長く食べ続けても飽きにくい、キャンティを象徴するパスタになっています。

もうひとつの名物は蟹のクリームスープ。
創業期にはカニのポタージュとして人気メニューに数えられていた料理の系譜で、現在のディナーコースでも選べるキャンティらしい一皿です。華やかな前菜のあと、パスタやメインへと進むコースの流れのなかで味わえる、長い歴史を感じさせるメニューです。

人気の料理は仔牛のカツレツ ミラノ風。
仔牛料理は創業当初からキャンティの得意料理のひとつで、現在も飯倉片町本店のランチに仔牛のカツレツ ミラノ風が組み込まれています。パスタだけでなく、ヨーロッパの肉料理までいち早く紹介してきた店の歩みを感じながら楽しみたい一品です。


食べログ
  • スパゲッティバジリコ
  • 1960年創業 昭和を彩る文化人や芸術家が集い新たな文化の発信地となった名店
  • フレッシュバジルが手に入りにくかった時代大葉とパセリを代用した
住所 東京都港区麻布台3-1-7 B1F
電話 03-3583-7546

加藤浩次・宇賀神メグ・島崎和歌子・高橋茂雄・風吹ジュン

[記事公開日]
[最終更新日]

この記事の作者・監修

Activi TV

こんにちは!食べることが大好きなグルメライター・料理愛好家のActivi TVです。料理の世界に魅了され、様々な料理の作り方や味を探求する日々を送っています。各地で出会った料理から、私は常に新しいインスピレーションを受けています。料理は文化であり、人々をつなぎ、温かい気持ちにさせる素晴らしい手段だと信じています。私の記事を通じて、読者の皆さんも新しい味と出会い、楽しい食体験をしていただければ幸いです。どうぞよろしくお願いします!

お買い得情報

旬の野菜を自宅にお届け!

フジテレビ系 セブンルールで紹介。
収穫後最短24時間以内の朝どれ食材を
まずは少量の注文からお試し可能!

カテゴリー: 人生最高レストラン
モバイルバージョンを終了